【なぜ】日本の郵便ポストが赤い理由と歴史!元々は黒かった?色彩心理と意外なトリビアを徹底解説

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人生に彩りを。流星ジョニーです。

今回は、「日本のポストが赤い理由とその歴史、海外との違い」を解説していきます。

街を歩けば当たり前のように目に入る、鮮やかでトマトのような赤色(スカーレット)の「郵便ポスト」。 手紙や書類を投函するときに日常的に使っていますが、「なぜ日本の郵便ポストは赤色なのか?」と考えたことはありませんか?

実は、日本の郵便ポストは最初から赤かったわけではありません。 明治時代に日本の郵便制度が始まった当初、ポストの色はなんと「」だったのです。

では、一体なぜ黒から赤へと変更されたのでしょうか?そこには、夜間の視認性向上だけでなく、当時の人々による「ある誤認事件」や、人間行動を促す「色彩心理学」の効果が深く関係していました。

この記事では、日本の郵便ポストが赤くなった4つの理由から、木製から鉄製への進化の歴史、色彩心理の効果、全国の珍しいご当地ポストまで徹底解説します!

日本の郵便ポストが赤い最大の理由は、「利用者が遠くからでも一目でポストだと認識できるようにするため(視認性の向上)」です。

しかし、歴史的な背景を紐解くと、色が変わった裏には以下の4つの理由が存在します。

1870年代当時、街灯が少なかった日本の路上において、黒色のポストは夜になると暗闇に紛れて見失われてしまいました。

雨の日や夜間でも「ここにポストがある」と一目でわかる強力な可視性が求められた結果、目立つ赤色(朱色)が選ばれました。

トイレと間違えられたため

黒ポスト時代に発生した最大のトラブルが「公衆便所との誤認」です。

当時、ポストには漢字で「郵便箱(ゆうびんばこ)」と書かれていましたが、当時設置され始めた公衆便所の表記「垂便箱(たれべんばこ)」と文字が似ていたため、夜間に酔っ払いがトイレと勘違いしてしまう事件が相次ぎました。

衛生面の課題からも、明るい赤色への変更が余儀なくされました。

日本の近代郵便制度は、英国(イギリス)のシステムを参考にして構築されました。

イギリスの郵便ポスト(ピラーボックス)も伝統的な赤色を採用していたため、これにならって日本でも赤色が取り入れられたという説が根強く残っています。

制度が始まった当時、郵便局員の制服の刺繍や、郵便物を運ぶ荷車・旗などに「」がアクセントカラーとして使われていました。組織のシンボルカラーとして「赤」の印象が既にあったことも影響したと考えられています。

ポストの色がになった背景には、人間の感情や行動に影響を与える「色彩心理学」の原理も深く関わっています。

  • 進出色・誘目性(可視性の高さ): 赤は人間の可視光線の中で最も波長が長く、遠くからでも真っ先に視界に飛び込んでくる「進出色」です。雑多な街並みの中でも瞬時に認識できます。
  • 行動を促す刺激色: 心理学において赤は「注目を集める」「意思決定を早める」心理効果を持っています。「手紙を出す」という行動をスムーズに誘発するカラーとして完璧な役割を果たしているのです。

『「色の歴史、心理効果、文化などについて詳しく書かれている1冊です。私も読んでいて、『色の不思議をもっと知りたい!』と思えてきました。この本には、日本のポストが赤色に定められた経緯と歴史についても、書いてあります。そのように、色にまつわる文化や歴史を知りたい方にも、オススメです。』

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現在の赤いポストに至るまで、日本のポストは素材や色を変えながら試行錯誤の歴史を辿ってきました。

年代ポストの名称特徴
明治4年(1871年)書状集箱(しょじょうしゅうばこ)無塗装の木(素の茶色)で作られた日本初のポスト
明治5年(1872年)黒塗柱箱(くろぬりはしらばこ)需要拡大に伴い、強度を上げた黒塗り木製へ変更
明治34年(1901年)鉄製赤色丸型ポスト(試用)初の赤色&鉄製ポストが誕生
明治41年(1908年)回転式ポスト(正式採用)燃えない鉄製+朱塗りが国の正式規格に

誕生時は塗装もない木製の「茶色」

日本では1871年(明治4年)に郵便制度が始まりましたが、当時に作られた最初のポストは「書状集箱」と呼ばれる木製の箱でした。ペンキなどの塗装もされておらず、木そのものの「素の茶色」をした非常にシンプルな作りだったのです。

全国拡大に伴い登場した「黒いポスト」

翌年の1872年(明治5年)になると、郵便ポストの利用者が一気に増えて需要が高まりました。そこでポストの設置数が大幅に増やされると同時に、雨風による劣化を防ぐため黒いペンキが塗られるようになります。これが初期の「黒いポスト」の誕生です。

「ポスト=」というイメージが強い私たちにとって、昔のポストが黒かったというのは驚きの新事実ですよね!

「黒いポスト」が抱えていた大きな欠点

しかし、この木製の黒いポストには大きな問題がありました。

当時の街頭は少なく、暗闇や雨の日には黒塗りのポストが街に紛れてどこにあるのかサッパリ分かりません。さらに、木製ゆえに「火事で中の手紙ごと焼失してしまうリスク」も抱えていました。

「夜に見づらい」「火災に弱い」という実用上のデメリットが浮き彫りになったことで、ポストのデザインや色、素材を根底から見直すことになっていったのです。

やはり、黒塗りのポストだと、暗さの中では分かりづらいですよね。私にとっても、昔のポストが茶色や黒だったという歴史は、新たな知識となりました。

日本のポスト

黒いポストの課題を解決するため、ついに登場したのが「赤いポスト」でした。では、どのような経緯で赤色に定められたのでしょうか?

1908年(明治41年)、当時郵便事業を管轄していた「逓信省(ていしんしょう:現在は廃止)」は、従来の木製黒ポストを全面的に見直す判断を下しました。 その際の指針となったのが、「暗い中でも目立ちやすく、通行の邪魔にならず、火事でも燃えない」という3つの条件です。

この条件をすべてクリアするために生み出された新たなデザインこそが、「赤色」「鉄製」「円柱型(丸型)」のポストでした。

  1. 赤色: 暗い夜や雨の日でも視認性が高く、一目でポストと判別できる
  2. 鉄製(鋳鉄): 万が一の火災でも中の大切な郵便物が燃えない
  3. 円柱型(丸型): 角がないため、狭い歩道に置いても通行人の邪魔にならない

実際に私たちが普段目にする赤いポストも、暗闇でしっかり目立っていますし、頑丈な作りで通行の妨げにもなっていませんよね。当時の逓信省によるこの決断が、まさに現代のポストの基盤を築いたと言えます。

「昭和レトロな丸型ポストは、今でもインテリアやインテリア貯金箱として大人気です!お部屋に飾ると温かみのあるレトロな雰囲気が演出できますよ。」

戦後、郵便物の流通量が爆発的に増えると、丸型ポストの収容量では追いつかなくなりました。 そのため1970年(昭和45年)頃から、大容量で回収作業がしやすい現在の「四角い箱型ポスト(角型)」への切り替えが進んでいきました。

郵便マーク

ポストが赤くなった歴史と切っても切れない関係にあるのが、おなじみの郵便マーク「」です。 実は、日本の郵便制度が始まった1871年時点では、まだ郵便マーク自体が存在していませんでした。

現在使われている「」のマークが正式に定められたのは、制度開始から16年が経った1887年(明治20年)2月14日のことです。

このマークを考案したのは、当時の逓信省(ていしんしょう)会計局の職員だった中島泉次郎氏です。

彼が横浜港に入港した外国船から郵便物を受け取っていた際、海運会社「日本郵船」のマーク(白地に赤の二本線)を見て、「これは逓信省の『テ』の字に見える!」と閃いたことが着想のきっかけでした。

中島氏はこの着想をもとに、以下の2つのデザイン案を作成しました。

  • アルファベットの「T」案: 逓信省(Teishin-sho)の頭文字
  • カタカナの「〒」案: 逓信省の「テ」を記号化したデザイン

この2案を見た当時の逓信大臣・榎本武揚(えのもとたけあき)氏が、「日本の郵便シンボルには『』の方が相応しい」と判断したことで、正式採用が決まったのです。

最初はマークすら存在しなかった郵便制度ですが、このような先人たちのユニークな閃きと決断を経て、赤色の「〒」マークが日本社会に定着していきました。身近なマークひとつにも、ドラマチックな誕生秘話が隠されていて勉強になりますよね!

冒頭でも触れた通り、ポストの色は世界各国によってさまざまです。 そして実は、原則「」と定められている日本国内にも、地域の特色や観光PRを目的とした「赤以外の珍しいポスト」が存在します。

国内外のカラフルなポスト事情を詳しく見ていきましょう!

まずは、私たちになじみ深い「赤いポスト」を採用している国々です。 日本が参考にした、郵便制度発祥の国であるイギリスをはじめ、かつてイギリス領だった国々の多くで赤色が使われています。

その他にも、イタリア、ポルトガル、韓国、タイ、インド、南アフリカ、オーストラリアなどで赤いポストが活躍しています。

青いポスト

海外ではアメリカやロシアのポストが「青色」として有名ですが、実は日本にも青いポストが存在します。

日本の青いポストは元々「速達専用」として設置されたため非常に希少ですが、特に有名なのが千葉県山武郡九十九里町(くじゅうくりまち)にある「海の駅九十九里」のポストです。

ここには、日本で唯一の「青い丸型郵便ポスト」が設置されています。 イワシやサーフィンで有名な九十九里町の「青い空と海」をイメージして塗装されたもので、実際に手紙を投函できるだけでなく、人気の記念撮影スポットにもなっています。いつか観光で見に行ってみたくなりますよね!

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緑のポスト

海外では中国やアイルランド深緑色のポストが使われています。 日本国内で緑色のポストが見られる代表的なスポットが、愛知県西尾(にしお)市です。

西尾市は全国有数の「抹茶」の名産地。そのため、地域ブランドのPRとしてポストが鮮やかな「抹茶色(緑色)」に塗装されています。街の特産品がそのままポストの色になっているなんて、とてもユーモアがあって素敵なおもてなしですね。

【黄色のポスト】フランス・ドイツ & 幸せの駅(鹿児島県指宿市)

黄色のポスト

ヨーロッパ諸国ではフランス、ドイツ、スイス、オーストリアなどで「黄色」のポストが主流ですが、日本国内にも「幸せの黄色いポスト」が点在しています。

中でも特に有名なのが、鹿児島県指宿(いぶすき)市にあるJR日本最南端の無人駅「西大山(にしおおやま)駅」前に設置されたポストです。

開聞岳(かいもんだけ)を望む絶景の中に立つ黄色いポストは、「幸せを届けるポスト」としてSNS映えする大人気フォトスポットになっています。黄色が持つ「幸福・希望」の心理イメージが、見ているだけで心をパッと明るくしてくれますね。

今回は、日本の郵便ポストが赤い理由と、その深すぎる歴史や雑学についてご紹介しました。

  1. 最初は無塗装の「素の茶色」、次に「黒」だった: 明治時代初期は木製で、需要拡大に伴い黒塗りになったが「暗闇で見づらい」「火事で燃える」「便所と間違われる」という欠点があった。
  2. 1908年に「赤色」が正式採用: 逓信省が「目立つ・燃えない・邪魔にならない」の3条件を定め、鉄製の赤色・丸型ポストが定着。
  3. 「〒」マークも歴史の中で誕生: 横浜港での発見や「テ」の着想から、榎本武揚氏の決断を経て赤色のシンボルとして定着した。
  4. 「色彩心理」の効果: 赤は人間の目を引く進出色であり、行動を促す刺激色としても最適なカラーだった。
  5. 日本全国にあるカラフルなご当地ポスト: 九十九里町の青、西尾市の抹茶色、指宿市の黄色など、地域ごとに魅力的なポストが存在する。

普段何気なく通り過ぎている郵便ポストですが、その「赤さ」や「形」には先人たちの失敗や工夫、そして色彩心理の知恵がたくさん詰まっていました。

黒かった過去や「〒」マークの由来など、身近な日常の中に隠されたストーリーを知ると、いつもの散歩や旅先での街歩きがぐっと楽しくなりますね。 レトロな丸型ポストや珍しい色のご当地ポストを見かけた際は、ぜひその背景にある歴史を思い出してみてください!

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