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人生に彩りを。流星ジョニーです。
今回は、「紫式部が紫と呼ばれた理由」について、深掘りしていきます。
平安文学の最高傑作『源氏物語』の著者として知られる紫式部。2024年の大河ドラマ『光る君へ』の影響もあり、今再び大きな注目を集めています。私もTVでチラチラと見ていましたが、紫式部役の吉高由里子さんの喜怒哀楽がこもった演技は、当時の女性の力強さや苦悩が伝わってくるようで、非常に印象的でした。
しかし、ふと考えたことはありませんか?
「なぜ彼女は『紫式部』と呼ばれているのか?なぜ名前に『色』がつくのか?」
実は、私が小学6年生の時、こんな出来事がありました。
社会の歴史で習った数ヶ月後、休憩時間にクラスの女子が歴史人物カードのケースに載っている「清少納言」の絵を見て、こう言ったんです。
「こっちは服が紫じゃないから、清少納言でしょ?紫の服を着ているのが紫式部だよね」
すると、教室でそのやりとりを聞いていた担任の先生がこう教えてくれました。
「紫式部がその名前になったのは、紫の服を着ていたからじゃないんだよ」
当時は「へぇ〜」と思う程度でしたが、大人になって調べてみると、その由来には平安時代の「知略」と「作品への愛」が深く関わっていました。今回は、紫式部の名前の由来から、彼女が百人一首に込めた想いまで、イロトリドリの視点で詳しく解説します。
「私が小学生の時に担任の先生から教わったように、お子さんにとっても「名前の由来」は歴史に興味を持つきっかけになります。このシリーズはイラストが豊富で、大人でも改めて読むと新しい発見がありますよ。」
「紫式部」という名の由来:2つのキーワード
「紫式部」という名前は、本名ではなく「女房名(にょうぼうな)」と呼ばれる通称です。大きく分けて2つの要素から成り立っています。
「紫」は『源氏物語』のヒロインから
もっとも有力な説は、彼女自身が執筆した『源氏物語』のメインヒロインである「紫の上」に由来するというものです。
当時、宮中に仕える女性たちは、本名の代わりに家族の役職などで呼ばれるのが一般的でした。しかし、彼女の書く物語があまりに素晴らしく、宮中で評判になったため、人々は敬意を込めて物語の象徴である「紫」の名を冠して呼ぶようになったと考えられています。
「まずは手軽にストーリーの全体像を把握したい方へ。スキマ時間でサクッと読めて、平安の人間模様がスッと頭に入ります」
「紫式部の名前の由来となった「紫の上」はどんな女性?読みやすい現代語訳で、1000年前の恋物語に触れてみませんか。」
「式部」は父の役職から
後半の「式部」は、彼女の父である藤原為時(ふじわらのためとき)の役職に由来します。為時は、儀式や文官の考課を司る「式部省」の次官である「式部大丞(しきぶのたいじょう)」を務めていました。この職務は主に、朝廷の人事(叙位・任官・行賞)や宮中儀礼を担当していたとのことです。
このように、「作品の代名詞」と「家族の身分」を組み合わせて呼ばれるのが当時のキャリアウーマンたちのスタイルだったのです。
実は「藤式部(とうしきぶ)」と呼ばれていた?
意外な事実に、彼女は最初から「紫式部」と呼ばれていたわけではありません。
彼女は藤原家の娘なので、宮廷に上がりたての頃は、藤原氏の「藤」をとって「藤式部(とうしきぶ)」と呼ばれていました。
それがいつしか、物語の熱狂的なファンであった一条天皇が「源氏物語の作者は誰か」と話題にしたことや、周囲が彼女を「紫の上のようだ」と称賛したことで、名前が「紫」へと塗り替えられていったのです。作者が作品の一部として愛されるようになった、当時の「推し活」の究極の形とも言えるかもしれませんね。
なぜ「紫」はそれほどまでに特別だったのか?
なぜ他の色ではなく「紫」が彼女の象徴となったのでしょうか。それには、歴史的な背景と心理的な意味が深く関わっています。
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高貴さの象徴
古来より、紫は「至高の色」とされてきました。聖徳太子の「冠位十二階」でも最高位の色とされ、合成染料のない時代、紫草の根から染める紫は非常に希少で高価でした。そのため、紫を身に纏うことは、皇族や最高位の貴族であることの証明だったのです。
藤原氏との繋がり
紫式部の本姓である「藤原氏」の「藤」も、美しい薄紫色の花を咲かせます。紫は藤原氏のアイデンティティそのものでもありました。彼女の知性だけでなく、その家柄や高潔さを象徴する「紫」は、まさに完璧なネーミングだったと言えるでしょう。
紫式部の本名は何だったのか?
紫式部の本名については、長年謎に包まれてきましたが、近年では「藤原 香子(ふじわらの かおりこ/たかこ)」ではないかという説が有力視されています。
これは、中宮・彰子に仕える女性としての記録にその名が登場することから推測されています。しかし、当時の女性にとって本名は呪術的な意味でも隠すべきものでした。そのため、私たちは今も彼女を本名ではなく、愛称である「紫式部」として記憶しているのです。
紫式部の百人一首は切ない友情の唄
紫式部は、歌人としても一流でした。百人一首(57番)に選ばれているこの一首は、彼女の繊細な心を表しています。
めぐり逢ひて 見しやそれとも わかぬ間に 雲がくれにし 夜半(よは)の月かな
【現代語訳】
「せっかく久しぶりに再会できたのに、それがあなただと確認する間もないほど、あなたは慌ただしく帰ってしまわれました。まるで、雲の間にさっと隠れてしまった夜中の月のように……(もっとゆっくりお話ししたかったのに、寂しいです)。」
この歌の背景には、幼なじみの友人と久しぶりに再会したものの、相手がすぐに帰ってしまったことへの名残惜しさがあります。「月」を相手に例える表現の美しさは、さすが『源氏物語』の作者。吉高由里子さんが演じた、あの情熱的で少し寂しげな表情が浮かんできそうな、切ない友情の唄ですね。
「記事で紹介した紫式部の歌も収録。千年前の感性に触れ、平安時代の『イロトリドリ』な心を感じてみませんか」
まとめ:名前に込められた1000年の歴史
紫式部という名前は、一人の女性がその才能によって、自らの家柄(式部)を超え、高貴な色(紫)を冠するまでになった「努力と成功の証」でもあります。
「紫」という一色に込められた、高貴さ、神秘性、そして物語への情熱。
次に彼女の作品を手に取るときや、ドラマで彼女の喜怒哀楽を観るときは、ぜひその「名前の由来」に思いを馳せてみてください。
「吉高由里子さんのドラマで描かれたような、色彩豊かな平安の世界を、美しいイラストで深く味わえる一生モノの名作です。」
「平安の色彩美と感動を、生涯手元に残る最高画質で。全48回を余すことなく収録した、ファンなら誰もが憧れるまさに永久保存版のコレクションです。」

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